初めにコショウありき、と言ったのはツヴァイクだ。
・・・と、塩野七生が昔、書いてました。
中学生くらいのとき、父親の影響で塩野七生は何冊も読んでたのです。
(ほんと嫌な中学生だな)おかげでヨーロッパの歴史に無駄に詳しくなりました。
しかし、どうだ。神は「光あれ」と言葉をもてこの世界をお初めになった、
であるから「初めに言葉ありき」なのであるけれども、、、
いや、メシだろうよ。 コメのメシ、だ。初めにあるべきは。
今日は吉野屋食いました。
20時半、とんでもない空腹で上前津の吉牛に駆け込んで、特盛りと卵2つと味噌汁、
といういつもの注文を素早く行い、赤色102号がたっぷり使われた紅生姜をちょいと
乗っけて、牛肉の産地のことや添加物のことやなんぞ全く意に介さず、
わっしわっしと東海林さだおの描写通りにかっくらう。薄いお茶をすすり、店を入ってから出るまで
およそ9分。
正しい丼の頂きかたではありますまいか。
コメのメシこそは、困難に立ち向かう勇気とエネルギィをもたらしてくれる光である、と、
牛丼を腹いっぱい食ったときにいつも感じます。強く。
おとといの夜の嫁のメシもまっことうまかった。疲れていたし、精神状態によるところも
大きいのだろうけど、心から満たされるメシって、ありますよね。
そしてそれはコメのメシでなければならない、と。
マスゾエ新党の皆さんにも、そこらへんわかっといて貰いたいのです。
タイトル、Oasis、いよいよダメっぽいなあ。
マユゲ太い同士、仲良くしてよ。